2019.10.20〜24
上海〜南京〜西安
視察場所一覧
関空から上海空港までは2時間ほど。
国内旅行と変わらない手軽さだ。
広い運河周辺を散策したが、目につくのは今でも運行しているボロの貨物船とその背後に立ち並ぶ高層ビルの数々のギャップ。
昔は通勤の際に川を渡るために船に車を乗せて運んでいたのだそうだが、今では全長およそ4.5kmにも及ぶ大きな橋がかかり、今では当時の名残のごとくボロの貨物船がプカプカと音を出しながら往来していた。
広い公園の芝生に目をやると、興味深い注意書きが目に飛び込んできた。
「小草」は芝生のこと。
「微微笑」は微笑みのこと。
下段はこの中に入らないでくださいということ。
中国語の韻をふんだ詩のようになっており、「芝生が微笑んでいるので立ち入って踏まないでください」という意味。
小洒落た感じで注意喚起する看板が、なんとも愛らしく感じて、こちらも微笑ましくなった。
注意深く他も見てみると、合計3種類のパターンを見つけた。
整理すると
微笑、軽笑、青笑
の三種があった。
少しずつニュアンスが違うようで「青笑」はニカッと笑うことを指すらしい。
「軽笑」は少し笑っている、「微笑」は微笑み。
笑顔の種類がこんなにも細やかに分類されていることに、言葉の繊細さを感じた。
運河周辺を散策した後は、上海商城という観光客向けの大型施設へ向かった。
飲食店やショッピングモール、劇場やホテルが立ち並ぶ。
中心にあるのはリッツカールトン。
横の池には魚がちょうど釣れたところの銅像があり、近代化のなかに自然をつくろうという姿勢が伺える。
夕食に向かったのは、日本にも店がある小籠包専門店「ディン・タイ・フォン」
日本の店に行ったことがないので比較できなくて残念だが、中国でも人気の小籠包をいただいた。
千切りにした生姜と、お酢と醤油を好みの割合で合わし入れたつけダレで食べるととても美味しい。
個人的には生姜の千切りとの相性が非常に良かった。
その後は、リッツカールトンの上階にある劇場へ。
劇場のある吹き抜けになった広間から廊下へ入るとスグに客室になっている。
正面玄関の両サイドが劇場の入り口。
広間の隅っこの方には、一見すると写真撮影機にしか見えない、生搾りオレンジジュースの自動販売機。
なかには生のオレンジが丸ごと並び入っていた。
生搾りだけど、オレンジの鮮度は大丈夫なのかと気になった…。
ついさっきまでは誰もいなかった広間に、雑技団の開演時間が近づくと即席の受付がサッと用意され、観客が集まってきた。
欧米の方が多かったように思えるが、日本人も割と多い。
劇場内に入ると撮影は禁止だったため、「上海雑技団」の様子は残念ながら撮影できずここまで。
研ぎ澄まされた大道芸のパフォーマンスの連続に歓喜と、ところどころ散りばめられた笑えるパフォーマンスに会場全体が引き込まれており、飽きることなく休憩なしの2時間は絶えず楽しむことができた。
中国語の先生によると、2時間で日本円で5000円ほどするチケットなので、若年層は同じ5000円ほどで1日楽しめるディズニーランドのようなテーマパークへ皆行ってしまい、観客は減っているのだそうだ。
価値ある2時間だとは思うが、日本の若年層とも似た価値観だなと感じた。
上海雑技団を鑑賞した後は、上海駅へ向かい、翌日以降のチケットを事前に取りに行った。
都会のネオンが眩しいところだった。
しかし、残念なのは禁煙がまだまだ進んでないため、あちこちでタバコを吸う人がおり煙が漂っていて煙たかったことだ。
駅から少し離れたホテルへチェックインし、高層階に宿泊。
見晴らしがとても良かったが、夜景はなぜかボケて撮れておらず、朝の風景だけ。
上海空港からあちこちを周り、最後ホテルまでの移動は現地の個人タクシーのようなものを利用したのだが、最終支払いの際に引率の中国語の先生が異常に時間がかかり手間取っていた。
後で聞いてみると、日付のない駐車場の領収書がやたら多く出てきて、運転手が料金を吹っかけてきたそうだ。
中国ではこのようなことまだあるらしく、目まぐるしい発展とは裏腹に治安はあまり良くないようだ。
翌朝は、ホテルから少し歩いてスグに上海駅に着いた。
列車、日本の新幹線に登場する手続きなのだが、荷物検査とパスポートチェックを受ける。
これまで、飛行機の搭乗でしかパスポートや荷物検査を受けたことがなかったので、新幹線でも受けることに驚いた。
対比するように、昨日の治安の悪さを感じる一件を思い出させられた。
上海駅から南京駅へ到着し、南京駅の広さに圧倒されながら駅のトイレへ入った。
こんなところで写真を…。
男性トイレ、小便器の上の表示。足元が汚れないように日本でも「もう一歩前へ」と促す表示をよく見かけるが、昨日の芝生の立ち入り禁止表示に続き、表現が面白いなと感じて思わずシャッターを切ってしまった。
もう一歩前へ。
文明も一歩前へ。
ユニークな表現力に思わず笑みがこぼれそうになる。
そして、駅から車で移動し「獅子橋」へ。
飲食店などが並ぶ商店街のようなところで、日本にもある中華街のイメージに近い場所。
並ぶ店の中に、何やら見覚えのあるようなお店の看板。
中国へ来てわざわざ日本のラーメンを食べることに…。
壁には日本語で、これもどこかで見覚えのあるような文言。
北海道ラーメンらしいが、日本で修行をした中国の方が、現地でお店を出されたようだ。
味は、濃厚を謳っているのに薄くて味が物足りなかった。
残念ではあるが、こんなものだろう。
ラーメンよりも興味深かったのが、店内のあちこち壁に掛けてある和風の絵だ。
こちらは日本でも見たことがない「猫の刺青」
なんとも面白く、しばらく見入ってしまっていた。
次は、昔の中華街のイメージを復元した街へ。
多くの観光客で賑わっていただ、なんとなく日本人が落ち着く雰囲気だなと思った。
本日の夕食はこちらの店で。
平日の夕方5時前に関わらず店内はほぼ満席で、さらに続々とお客が入ってくる。
店を出た7時ごろには外にまで大行列ができており、超人気店なようだった。
1つ、興味を惹いたのは店のメニュー。
天井から吊り下げられた提灯にメニューが書かれていた。
もちろん、中国語は読めないがアイデアに関心。
夫子廟の街の中心に位置するところに大きくそびえ立つ博物館がある。
中国科挙博物館というところへ見学に行った。
地下4階建の構造になっており、地下4階までこのような通路をぐるぐると一気に降りて行き、最下階が最も古い中国の歴史資料館になっており、上へ上がるにつれて年代が新しくなっていく。近代まで相当な量が展示されている。
非常に魅力的な古代文献や資料、出土品などが幅広く展示されており、この博物館をじっくり見学しているだけで1日はすぐに終わってしまいそうだ。
中国4000年の歴史と言われているが、王朝が次々と代わっていく戦乱の中で、文献や記録がこうして残っているのはすごいことだ。
ちょうど中華人民共和国の70周年に当たる年でもあり、中国全体がお祭りムードであったことがさらに後押しして歴史の盛り上がりを感じた。
日本は最も古い資料でも1500年ほど前までしか遡れないが、王朝がそれ以上に続いている国だということに誇りを持てる。
4000年の歴史を持つ中国大陸、1500年以上の歴史をもつ日本国家。
比べるものではないかもしれないが、賛否ある中、どちらも人類にとっては非常に価値のあることなのだと思う。
翌日は南京城へ出向いた。
巨大な城門に果てしない城壁。城壁でマラソンが行われるほどの距離がある。
城門の上には城を守るための兵器が並べてあった。
とても城壁を一周することなんて旅行中には無理な距離だ。
戦国時代の歴史に作られ、ここで戦が行われていたのだなと臨場感を味わえた。
2泊目のホテルは国際会議ホテルという、国際会議なども行われる大きなところ。
早朝に散歩しながら周辺を散策していると、すぐ近くに水族館を発見。
水族館は中国語で「海底世界」と表記するらしい。
水面を1つの境界と捉えて、水面から下を「海底」と表現するのだろう。日本では海底と聞けば海の最深部を思い浮かべる。価値観の違いが垣間見えて興味深い。
水族館の入り口横におもちゃが並べられていた。
これは…トーマスとトランスフォーマーの合体か!?
しばらく歩いていると「太虚幻境」なる廃門を見つけた。
広大なテーマパークのような庭園で、現在は運営されていないが、出入り通路が解放されおり、中に入ることができた。
気をつけないと迷ってしまうほど広大な庭園で、所々にモニュメントや建物、石像が置かれていた。
天女の像。
中国の寺の建造物。
なかなか楽しめる空間であった。
朝食後には近くにある「明孝陵」へ足を運んだ。
どこへ行っても大きな建物がすごい迫力でそびえ立っている。
敷地もかなりの広さがある。
中心に置かれているのは明の皇帝の像だろうか。
早朝だけど、ここも見ているとすぐに時間が経ってしまう。
仏塔があり、壁画にはおそらく経典に書いてあるシーンが描かれていた。
著名な高僧の像がずらりと並んでいた。
場所を移して中山陵へ。
これは関係ないのだが、観光バスの停留所ではワイパーに洗濯物を掛けて干してある光景に出会い、物珍しくてここでも価値観の違いを見せつけられたように感じた。
中山陵は、駐車場からその入り口まで歩いて行くと30分はかかる通路を越えていかねばならない。
さらに入り口を入ると、また長いまっすぐな道のりを進んで、最後には大きな階段が待ち受けている。
今回は時間と同行者が高齢なこともある関係で一番上までは登らなかったが、一望できる景色は圧巻であろう。
南京での締めくくりはこちら。
まだまだ解決しない問題の多いテーマである南京事件。
ただ1つ注意したいと思ったのは、視点は1つではなく様々な視点から問題を客観視する必要があるということ。
南京大虐殺記念館は、被害者が30万人を超えそれを事実だとする証拠がずらりと並べられており無料で見学することができるのだが、この中にも捏造であったり部分的なところを切り取っての主張があることも念頭に置きながら見ていかないといけないと思う。
被害者が30万人以上という数字が大きく取り上げられている。
入り口には外側に、道路からも見えるとことろに躍動感のある像が並べられており、絶対に繰り返してはいけない悲劇なのだと物語るようだ。
戦争は絶対に繰り返すべきことではない。
過去を反省し前へ向かっていかなけらばならない。
入口を入ると、虐殺された方々の名前が壁にずーっと記されている。
当時の記者たちが撮影したのであろう白黒写真が並べられ、見ているだけで悲しく無念な想いに駆られる。
発見された白骨の実物も見られるようになっている。
見学者に日本人はほとんどおらず、欧米の方が多かったように思えた。
当時の進行ルートなどが記されており、南京大虐殺について非常に細やかに説明がなされている。
日本人は展示内容を知るべきだと感じるし、真実が曖昧になっている部分もあるかもしれないが、どんな風にどんな内容が展示されているのかは知っておいた方が良いと思った。
そもそも日本人に訴えかけたいだろうと思うのだが、日本人が少ないからなのか解説の文章の並び順が、中国語、英語、日本語の順だったことに少々疑問を抱いてしまう。
様々な角度からの情報を知った上で、どう捉えどう考えるのかが重要だ。
南京から西安まで特急列車に乗っておよそ5時間。
西安はもともとの都なだけあって、大都会であり人が賑わっている。
夜も遅くなったので、この日は西安中心部、西安鐘楼の城があるすぐちかくにあるベルタワーホテルにて宿泊。
翌朝は、中国ならではの路面店で朝食を楽しんだ。
中国では朝にはおかゆを食べる。
水道水をそのまま飲むことができないので、店では主に白湯を飲むのだが、お茶の文化といい、基本的には腹にやさしい食生活である。
コンビニには日本のビールも売っていた。日本よりも安価だ。
午後からは今回の旅の大きな目的の1つ、兵馬俑へ。
60年ほど前に、農夫がたまたま兵士の像を発見し、そこから次々と発見されたものが、秦の始皇帝の時代に作られた兵士の埴輪だということがわかり、大規模な発掘作業と復元が今もなお行われている。
兵馬俑の「俑」は埴輪の意味だ。
発見者は三人いて、二人はかなりの高齢になられており、一人は60歳過ぎだとのこと。
ちょうどタイミングよく本人に会うことができ、書物を購入し握手してサインをもらうことができた。
サインと記念撮影をしている方がチラホラ。
来場者は何千人何万人もいるのに、この場所には人が少ないのが意外だった。
兵士の像は非常に細かく、手相のラインや髪の毛、靴の裏まで精巧に作られている。
表情も一人一人が違うように作られており、驚かされるばかり。
秦の始皇帝の力今なお伝わってくるようだった。
今回の旅の自分の中での一番の目的、青龍寺へ。
真言密教の開祖、空海が唐の時代に中国の西安(当時の都 長安)へ渡り、青龍寺の恵果阿闍梨から密教の正統継承者として、すべてを授かり日本へ持ち帰った場所だ。
実際の建物は全て取り壊され残っていないため、現在あるのは当時を復元したもの。
それでも、日本での密教の始まりの場所に触れられることは嬉しい。
実は讃岐うどんも空海が持ち帰ったものである。
復元された本殿は博物館となっており、密教宝具や経典、さまざまな書や絵、建物の素材、曼荼羅などが展示してあった。
恵果阿闍梨と空海の絵が壁に刻まれていた。
博物館の「結び」には、空海が日本でも中国でも称えられていることがうかがえる内容が記されていた。
空海の記念碑も建てられている。
空海の記念品グッズなどが売っているコーナーがあり、そこはかなり日本人向けで日本円でも買えるようになっていた。
そこでは青龍寺の資料集、御朱印帳、般若心経と絵が描かれた御朱印帳を買い求めた。
この御朱印帳は500元、日本円で8000円で販売しておりかなり高額だった。
商売っ気が多かったのは少し残念な気もするが良い記念になった。
青龍寺から少し離れたところに玄奘三蔵ゆかりの寺「大慈恩寺」がある。
影絵発祥の地でもあり、影絵のおもちゃも売っていた。
寺の正面には大きな三蔵の像が立っており、その偉大さを肌で感じることができた。
青龍寺は寺よりも博物館の要素が強かったので、寺院としての荘厳さや仏像の迫力には感銘を受けた。
本殿前の階段には龍が掘られている。
龍の指の数は、5本、4本、3本と順に、龍の格の大きさを表している。
5本は皇帝、つまりトップの位だ。
境内の最奥には大雁塔が建っており、中を登ることができる。
だんだん狭くなっていく階段を登り階数を重ねていく道中は、展示を味わいながら進むことができる。
最上階は7階。
東西南北それぞれ4方向に窓がついており周辺を一望できるようになっている。
大雁塔の前、本殿の裏には般若心経が石に刻まれており圧巻だ。
兵馬俑と寺院を後にして、夕方に西安城へ。
南京城の城壁もすごい距離があったが、こちらも相当なものだ。
ホテルの近くのレストランにて最後の夕食。
様々な種類の餃子をいただいた。
焼き餃子に水餃子に蒸し餃子。ここでは餃子の皮を茹でた茹で汁を白湯の代わりに皆飲んでいるようだ。日本の蕎麦湯のようだった。
豚の顔の可愛い豚まんは少々食べるのをためらってしまう。笑
最終日は宿泊ホテルの真正面の西安鐘楼へ。
綺麗な模様が壁や天井に描かれており、建物自体が大きな芸術品になっていた。
天井の梁にまで描かれた模様には見とれてしまう。
昔は毎朝儀式のように時を告げるために鐘楼が鳴らされていた。
今はレプリカが展示されており、鐘の音を聞くことはできない。
その音は簡単に出せるものではないらしく、別の場所で大切に保管されているそうだ。
朝にあたりを散策していると、商店街のようなところに出たが、夜のお祭りの出店のような雰囲気だった。
写真では伝わりにくいが巨大なクルミ。
店全体にスパイスの香りが漂う、香辛料の店。
旅の締めくくりに、中国らしさを感じられる場所を散策することができてよかった。
今の中国、深い歴史に触れることができ、とても有意義な旅となった。
中国ではスローガンを掲げることに力を入れることが多いように感じた。
下記は中国のコンセプト「社会主義核心価値観」
国家が目標とすべき価値:富強、民主、文明、和諧
社会面で大事にすべき価値:自由、平等、公正、法治
一人ひとりが守るべき価値:愛国、敬業、誠信、友善
実践できているかどうかは置いておいて、理念を掲げることは非常に重要だ。
そういう点では日本人も日本の組織も大いに見習い、掲げるのではなく実践することに重点を置くべきだろう。
日中関係に限らず、歴史が後世に残り、平和な世界が訪れることを切に願う。