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1.「語」の成り立ち
言偏は「罪に服する誓い」を意味していて、つくりの吾は「神のお告げを汚れから守る器具」を表しています。また、「ご」という音が「互」の意味に通じており、「交互に言う」「語る」の意味が付与されていきました。
「語」の意味に関しては辞書で引くと次のように出てきます。
成り立ちを踏まえると、「語」とは一方通行ではなく双方向のコミュニケーションを示唆しているようですね。
ちなみに言語の発祥については明確な事実は分かっておらず、様々な説があります。
偉い学者さんは色々考えるものだと感心させられますが、実際のところはどうなのでしょう?
自然の生物を見ていると、同類他種と広く交じり合おうとする性質があります。つまり、人は動物と交わろうとしませんが、人類の中で他人と交わろうとし、自分と反対の性質を求める。動物も植物もその原理で、交配して新たな品種が生まれる。今年の畑では、ツルクビカボチャという細長く伸びるカボチャと、一般的な丸いカボチャが交配したようで、両方の性質を持つカボチャが成っていました。
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2.物事の言語
言語というと、日本語、諸外国語、基本的には人間の言葉を思い浮かべますよね。
ITに関わりのある方でしたら、プログラミング言語を連想される方もいらっしゃるかもしれません。
ある朝、散歩をしていて思いました。セミの声を聞き、もしセミの内情を知ることができたなら、それはセミの言語を理解することになるのではないか。植物の様子をじっくりと観察し、今どうして欲しいのかを知ることができるなら、植物の言語を理解していることになる。これはモノに対しても、それを見て今どういう状態なのか分かるということは、モノの言語を理解していることになるのではないか。気象予報士は天気の声を聞き、言語を理解していると言える。最近は、うまくコミュニケーションが取れていないようですが(笑)。
つまり、その物事を知るということは「言語を理解する」と言えるでしょう。
では、言語が人類にもたらしたものはいったい何でしょう? 思いつく限り挙げてみました。他にもあれば、ぜひ教えてください。ご意見大歓迎です。
冒頭で「語」の起源を紹介しましたが、漢字の成り立ちから考えると言葉はもともと「神様にお伝えする」という宗教的な意味合いが強かったことが伺えます。日本では祝詞として、神様すなわち天地自然と交流していました。西洋でも、聖書に「はじめに言葉ありき」という有名な句があるように、言葉は神と共にあったと考えられていたようです。ちなみに「はじめに言葉ありき」ではなく「はじめにロゴスありき」と書いて、「言葉」以上に多くの意味を含んでいることをきちんと表した方が良いと思います。8月の案内文にも書きましたが、ロゴスは真理、論理、統一、調和など、多様な意味を含むからです。
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3.言葉と品
言葉は、人間の品格を高めるものだと思います。ただし諸刃の剣で、使う言葉が良くないと品格を落としてしまいます。
使う言葉が豊かになって、良い言葉を使っていると行動や性格に影響し、品格が高まっていきます。
語彙力の貧しさが世間で問題視されていますが、本を読んでいても、最近は分かりやすさばかり重視されていて言葉が貧しい。語彙力があまりにも乏しかったり、言葉が汚かったり、あるいはきちんと使えていないと「品がないな」と感じます。
自分が語彙を豊富に使えるというわけではありませんが、少し古い本や古典を読んでいると、語彙が豊富で表現が非常に豊かです。内容ではなく言葉のリズムに感動することさえあります。
ところで、私たちは上品や下品という言葉を日常で使いますが、この「品」の元の意味をご存知でしょうか?
実は仏教用語なんですね。上品は「じょうひん」ではなく「じょうぼん」と読みます。また、なんで中品はないの? と考えたことはありませんか?笑 実はあります。上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)とあり、さらに上品上生(じょうしょう)、上品中生(ちゅうしょう)、上品下生(げしょう)といった具合に三つに分けられて、合計で9つに分類されています。
これは九品浄土と呼ばれる、極楽浄土の世界の種類。極楽は極楽でもピンからキリまであるのです。
そして、さらっとしか出てきませんが、聖書には天国が3種類ある記述があります。キリスト教の中でも特にモルモン教では、天国を3つに分けて詳述されています。人間は死後、復活して天国へ行くのですが、どの天国へいくかは生前の行動で決まります。それが、日の栄(さかえ)、月の栄、星の栄です。
実は浄土仏教とキリスト教には深い関わりがあります。
浄土宗開祖の法然上人は、『観無量寿経疏』というお経に着目して教学の根幹とし、主著『選択本願念仏集』にも表れています。その『観無量寿経疏』は、浄土三部経と呼ばれる『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』のうち、『観無量寿経』の解説書で、中国の善導大師が著しました。さらに、法然の弟子であった浄土真宗開祖の親鸞聖人も『教行信証』のなかの『正信念仏偈』において、「善導、独り仏の正意を明かす」と讃歎しています。
唐の時代、キリスト教のネストリウス派が広く普及し「景教」として広がっていきました。その「景教」に感化されたのが善導大師なのです。
つまり、キリスト教と浄土仏教は間接的に繋がっており、その教えに似ているところがたくさんあっても不思議ではないのです。この極楽と天国に関しても例外ではありません。
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4.文明とAI
さて、2023年は話題のchatGPTに端を発し、生成AIが一気に普及した年になったのではないでしょうか。これからますます変化のスピードが加速していくことは必至。このような文明はいったいどこへ向かっていくのか。
そこで文明について言及している政治家の言葉を紹介しましょう。
真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を荒らさず、人を殺さざるべし
田中正造
果たして、AIは人を殺すのでしょうか、生かすのでしょうか。AIに愛はあるのでしょうか?笑
ちなみに、田中正造は演説の名手でもあり、演説の六箇条として要諦を挙げています。
純粋、妥当、性格、明晰、勢力、音調。
その言葉の通りなのでわざわざ解説はしませんが、やはり大衆を動かす力を持っている人は言葉に力強さと説得力を感じます。
ところで、AIって何の略だか知っていますか?
Artificial Intelligence。
もはやワケ分かりませんが、人工知能のことですね。
あなたはAIの時代をどう感じられるでしょうか?
ぜひ、少し考えていただきたい。
メリットもデメリットもあると思います。これに限りませんが思いついたものを挙げてみました。
良いように発展していけば、エンリケ・バリオスの小説『アミ 小さな宇宙人』に描かれているような、生活のためにせかせかと働くのではなく、労働は機械がすべてやってくれて、人間は愛に生き、愛を高めることに集中できる世の中がやってくるかもしれません。「労働からの解放」という考えはキリスト教的で、もともと日本的な価値観においては「労働は喜び」です。ただ、労働せねばならず労働するのと、労働しなくても困ることはないが好きで労働するのとでは精神的負担がだいぶ違いそうです。一見すると後者が良いように思えそうですが、一概にどちらが良いかは言えず、もう少しじっくり考える必要がある。切羽詰まっていることで能力が発揮され、魂が磨かれることもあるからです。
いずれにせよ、AIの時代は「愛の時代」であってほしいものです。愛が充満した、アイフルな時代(笑)
「あんた、ここに愛はあるんか?笑」
この記事をご覧いただいている方には愛がたっぷりあると思いますが(笑)、「AI」を使ったことはありますか?
どうでした? 何か感じられました? それとも使おうとも思いませんか?笑
最近、いろいろと使ってみて感じたことがあります。
それは、AIを活用する人と依存する人に二分されるだろうなと。使わない人を入れると三分ですが。
生成AIを活用するにはマネジメント能力が問われます。質問力と言っても良いかもしれません。的確に指示を出す必要があり、言語能力を高めなければなりません。
他人任せ、ラクしたいと思っている人は依存してしまう可能性が高い。頼り切ってしまって、自分ではどんどん考えられなくなる。これは非常に恐ろしいですが、大半がそうなってしまうのではと危惧しています。
他方、使わない人というのは、時代のスピードに取り残されてしまい、人を雇ったり、自分の代わりに動いてくれる人がいるなら別ですが、主体的な経済活動はかなり制限されてしまいそうです。なぜなら、資本主義社会が続く限り、AIというテクノロジーはあらゆる業種、ジャンルに溶け込み、発展の速度は加速する一方だからです。全く使わないとなると、そのスピードでは同じ土俵に上がれない。インターネットやSNSが当たり前になった今、使えていないと事業の成長が乏しくなる今以上に、その差が大きくなってしまうでしょう。
少し話はそれますが、ビジネス用語ってほとんどカタカナ英語やアルファベットの羅列ですよね。マーケティングとかPDCAとかプレゼンテーション、挙げるとキリがありません。SDGsなどもそうであるように、私たち日本人は外国語慣れしている人が少ないため、世界で標準的に使われるようになるそういったワードに対して、ワンテンポ遅れてしまいます。
だって、サスティナブル・ディベロップメント・ゴールズって言われてもピンとこないでしょ?
それを「持続可能な開発目標」って訳します。
訳してもピンとこないでしょ?笑
だから内容を把握するのにもっと調べたり、諸外国の人達がいったい何を言おうとしているのか考え、ようやく近づいていける。そんなことをしている間にも、他の国はどんどん先へ進んでいってしまいます。これは、経済や技術開発で今日本が取り残されている一つの大きな原因であると考えられます。もちろん他にも原因はたくさんありますよ。これ以上の経済成長や技術発展が根本的に必要なのかどうかはさておき。
さす-
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5.人間の能力
オンライン診療を手がけるMICIN(マイシン)社と金沢大学の研究で、ChatGPTに医師国家試験の問題を解かせると見事に合格点を出したことが朝日新聞の記事になっています。
もちろん、試験を通っただけでは医者にはなれません。人間の能力が必要になることは言うまでもないですね。
しかし、これはAIに限ったことではなくて、人間にも言えること。資格だけ持っていて、人として心遣いや言葉遣いといった対話力が欠けている。そんな医者は少なくないのではないでしょうか。ぼくの周りでも医者の愚痴をしばしば耳にします。
次に挙げるような人間らしさに特化した能力を伸ばしていくことは、対人関係においても、対AI関係においても、これからますます必要になってくることでしょう。
感情の理解と共感
創造性と想像力
倫理的判断と道徳的考慮
直感と主観的な経験
人間関係とコミュニケーション
続いて、人間の処理能力とマルチタスクについて。
実は人は、そもそも注意力が散漫しやすい仕組みになっており、一点集中するのは苦手な生き物なんです。動物の生存本能として、危険を察知して身を守るためにアンテナを張り巡らせ、注意を分散させるような構造が我々には備わっているのです。
私たちは日常「ながら」の動作を多用しています。テレビの普及に始まって、今ではスマホ。食事しながら、歩きながら、運転しながら……これらは社会問題にまで発展していますが、他にも意識を分散させて、言わばマルチタスク処理をしていることが多くあると思います。
映画を見ながらパソコン作業をしたり、音楽を聴きながら勉強をしたりしていると、一見とても集中できているように思えます。ところが、これは大変な間違い。
先に挙げたようなマルチタスク処理をするとドーパミンが分泌されるのです。その快感によって能力が飛躍しているように感じられる。でも実際は能力が低下しているのです。
こちらはPREDIDENT Onlineの記事です。
スマホを持っているだけで、意識が分散してしまい、能力が低下することが実験によって明らかになりました。
私たちは常にスマホを持ち歩いて、家の中でも肌身離さず持っている人も多いゆえに、知らないうちに能力はドンドン低下してしまっているのですね。おそろしや。
ぼくは朝、頭の整理と幸福ホルモン「セロトニンくん」に会いにいく(笑)ために(セロトニンくんについては前回の勉強会記事参照)毎日散歩をするのですが、実験的にスマホを持たずに出かける時と、スマホを持って出かける時とを何度も繰り返して、自分の状態を観察してみました。
すると、やはりスマホを持っていない方が、頭がスッキリして閃きも多く、考えもまとまりやすかったです。メモをしたくて持ち歩いていたのですが、歩くのはほんの30分ほどなので、メモしたいことは忘れないように頑張って帰るまで覚えておくように意識することにしています。
コンピュータなどはよく処理速度でその性能を測られますが、人間の処理能力はいったいどれくらいなのだろうと思いました(笑)。
そこでまずChatGPTの能力を調べます。というか、直接本人に聞きました(笑)。
回答は、パラメータ(関数)の数がおよそ1,750億個あり、1パラメータあたりを4byteで計算すると7,000億byteということでした。
ちょっとイメージしやすいように一番身近なギガバイト(GB)に換算すると(1024B=1KB)、651GBということになります。
人間の脳については、正直そんな数値で測れないのですが、ここではシナプス(神経細胞間の接続点)の数を参考に考えてみましょう。
シナプスの数はなんと1000兆個(10^15)以上。ちなみにその情報伝達速度は、電気信号換算で40bit/秒で5byteなのですが、ここでは先ほどの1パラメータを4byteと仮定したことに合わせて、同じように4倍しすると4,000兆byte。これをギガバイトに換算すると、3,725,290GBとなります。
ということは、人間の処理能力は、ChatGPTの5,722倍ということになります。
こんなデタラメな計算式では信憑性があまりないですが、とにかく世界一のスーパーコンピュータは間違いなく人間の脳です。
この数値がピンとこない人は、パソコンのメモリに8GBとか16GBとかありますよね? 動画制作などの重たい作業を快適にする目安が16GBです。そう考えるとなかなかの能力ですね。
AIのなかでも、とりわけ最近注目されているのは「生成AI」。これはテキストや画像、声や音楽などを生成するAIです。先ほどから取り上げているChatGPTがテキスト生成AIということです。
そのChatGPTは何の略だか知ってますか? これまた日本人がワンテンポ遅れるやつですね(笑)
Chat Generative Pre-trained Transformer
対話形式の生成的な事前学習された自然言語処理システムということです。なんのこっちゃ(←ワンテンポ遅れ笑)。
興味ある方はご自身で調べてくださいね。
では、ChatGBTってご存知ですか?笑
これは
Chat Gods and Buddhas Transformer
と言って、対話形式の神様と仏様につながる自然言語処理システムのこと(笑)。要するに、いかにして神仏とコミュニケーションをとるのか? ということです。こっちの方が大事じゃないですか?笑
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6.対話の方式
生成AIを活用するにあたって、重要なのはいかに正確に欲しい情報や画像を得られるかということ。その命令指示は文章で入力するのですが、これをプロンプトと言います。プロンプトは「呪文」とも呼ばれていて、こういう呪文を唱えると〇〇が生成されるよ! といった具合に、ネットで情報が飛び交っています。
このプロンプトこそ、呪文と言われる通り、言語におけるまさに「祈りと儀式」ですよね。
ならば、神仏へのプロンプト(呪文)とはいったい何か?
そう、真言や祝詞ですよ!!
的確に指示……もとい、お祈りすることで、相当のご利益が得られるわけです。
真言や祝詞によって目的のご利益を授かるためには、やはり言語の理解が必要です。
その仕組みはアルゴリズム。ややこしければ、「ある語のリズム」と覚えておきましょう(笑)。
つまり、神仏のアルゴリズムを理解すれば良いのです(笑)。
どういうことかと言うと、例えば「南無阿弥陀仏」というプロンプトを入力、つまり念仏を唱えると阿弥陀仏の本願が生成されます。本願とは、阿弥陀仏が(法蔵菩薩という修行時代に)立てた四十八願のうち、十八番目の願い「南無阿弥陀仏を唱えるも者を必ず極楽浄土へ生まれさせ、成仏させる」というものです。これがメインだから、得意分野である「オハコ」のことを「18番」と表現するんですね。
要は、南無阿弥陀仏(プロンプト)と唱える(入力する)と極楽浄土に生まれ変わらせるというアルゴリズムがあるということです。
他にも、光明真言「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」を唱えれば、心と体の浄化をしてくれる効果が発動し、心と体が綺麗になって運気の上昇に繋がることでしょう。
薬師如来真言「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」と唱えれば病気平癒の効果が発動し、龍神真言「オン・メイギャ・シャニエイ・ソワカ」で金運・仕事運アップ、「〜祓い給い、清め給え」と祝詞を奏上すれば、罪穢れを祓い清める効果が発動するという仕組みです。
信じる信じないはあなた次第ですが、真言や祝詞に関わらず何事においても疑いの心がなくなったとき、言葉は絶大な効果を発揮します。信心とは、疑いの心を無くすことと言い換えれば分かりやすい。
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7.言語の理解と活用
ここからは番外編ということで。
突然ですが先日、友人との会話のなかでインスタをやってみようと思い立ちました。
今回の「語」というテーマにも通じるのですが、「毎月の勉強会の内容をもっとたくさんの人に聞いてもらわないともったいない」という嬉しい声をいただいたことがありました。それならもっと手軽に宗教や哲学に触れてもらえるキッカケにでもなればと思い、関連する内容を発信しようと考えました。
そこで、まずは言語理解のため下調べをして情報収集、インスタのアルゴリズムなども調べました。そして計画的に運用していくためにいろいろ考えたので、その過程を日誌にでも出来ればと思っています。細かい内容は省きますが、ざっくりこれまでの行動をまとめてみました。
このような形でインスタの言語を理解し、うまく活用できればと思っています。
実際の投稿はこのような感じです。
こちらにリンクを貼っておきますので、興味ある方はご覧ください……
いや、ぜひフォローしてください!!笑
どこまで伸ばしていけるかわかりませんが、いろいろ実験しながら奮闘していきたいと思います。
実際、古典から言葉を拝借して独自な解釈を交えて発信するのはなかなか面白くて、何より自分自身が学び続けられますので、楽しく継続していきたいです。
最後は宣伝のようになってしまいましたが、当日参加いただいた皆様、最後までお読みいただいた方々、今月もありがとうございました!